食べられなくても大切な口腔ケア

「胃ろう」や「経鼻経管栄養法」なのに口腔ケアをすることに、疑問を感じたことはありませんか? もう食べることができないのだから、口の中のことなんて関係ないと思っていませんか? どのような状態であっても、口腔ケアは健康を維持するためにはとても大切なことなのです。歯周病は、全身の健康を脅かす危険性がある病気です。深刻になると、心臓疾患や脳梗塞などを引き起こすこともあります。これらを防ぐためにも口腔ケアは欠かすことができないのです。また、口腔ケアの目的はこれだけではありません。適切な口腔ケアを行うことで、実は「食べる力」を蘇らせることができるのです。いったいどういうことなのか、少しお話したいと思います。

口腔ケアは、口の動作を維持・回復する。

皆さんは口腔ケアと聞くと、どのようなものを想像されるでしょうか? きっと食後の歯磨きをイメージされたのではないでしょうか。虫歯や歯周病予防はもちろんですが、それだけではありません。唇のマッサージや、舌を動かすトレーニングも口腔ケアです。他にも顎や頬の筋肉を動かすなどのケアも行います。噛む、飲み込む、話す、笑うといった行為は、口や舌を使った動作です。口腔ケアを行うことによって、これらの動作は維持され、時には回復へとつながっていくのです。

口腔ケアで「食べたい」意欲を呼び覚ます。

私たちの病院では、「胃ろう」や「経鼻経管栄養」の患者さんの口腔ケアに「味わうこと」をプラスし、嚥下トレーニングとして取り組んでいます。果汁やコーヒーなどを含ませた綿棒を凍らせておき、それを唇や舌の上に当てるのです。食事をしない患者さんは、食べ物の味や香りとは無縁の生活を送っています。そのため、最初はその冷たさや味、香りに戸惑った表情をされます。しばらくすると、それが何かを思い出し、ゴックンと唾液を飲み込まれる方もいらっしゃいます。過去に食べたり飲んだりしていた味や香りが蘇り、「食べたい」意欲が呼び覚まされたのです。嚥下トレーニングの第一歩として、とても大切な過程なのです。

食べられなくなったのではなく「禁止」されただけ。

ではなぜ、私たちはこうしたトレーニングを行うのでしょうか。「胃ろう」や「経鼻経管栄養」の患者さんは、本当に食べられなくなったのでしょうか? そうではありません。誤嚥を防ぐために食べることを「禁止」されただけなのです。嚥下能力が低下したために、誤嚥をしてしまうからというのが一番の理由だと想像できます。それなら、禁止を解いて、再び食べる喜びを味わってもらうことを目標としてもいいのではないでしょうか。実際に私たちの病院でも、胃ろうの患者さんが食べられるようになったケースも珍しくありません。

介護する人は、おおらかな気持ちで。

ペースト状のものでも、再び食べられるようになった患者さんは、ほとんどの方が喜びの表情を浮かべられます。胃ろうだから、経鼻経管栄養だからと、実際には介護する人が食べさせることを諦めてしまうことが多いのです。こういう状態だからこそ、ゆっくり嚥下トレーニングができるんだと、おおらかな気持ちで考えてみてはいかがでしょうか。食べることは生きる喜びにつながると信じ、もっと、比重をかけて取り組むべきだと考えます。私たちの病院では1日3回の口腔ケアを欠かしません。食べることを諦めていた患者さんが喜びの表情を浮かべて上手に飲み込む姿は、家族にとっても笑顔を生み出すきっかけになると確信しています。

関連コラム

  1. 夢があるだけで、リハビリは「楽しく」なる。

  2. 『胃ろう』でも、食べる喜びを

PAGE TOP